北九州市門司区の地理と歴史

地理



日本の九州の最北端に位置しており、企救半島の大半の地域を占めている。企救半島北西部にある門司港地区(門司港駅周辺)を中心部とする。
近代は石炭の積み出しや貿易の中継基地としての役割をもつ港湾都市として栄えた。関門海峡を挟んで位置する山口県下関市との間に関門連絡船や関門トンネルが整備され、本州から九州へ入るときの玄関口でもあるため、下関市との関係が強い。また企救半島東部の周防灘に面した新門司地区にはフェリーターミナルがある。
近年、中心部は門司港レトロ地区の整備により観光化が進んでいる。

歴史
1889年(明治22年)4月1日 - 市制・町村制施行により、企救郡(きくぐん)のうち門司村・田野浦村(たのうらむら)・小森江村(こもりえむら)が合併し文字ヶ関村(もじがせきむら)が発足。また、柳ヶ浦村(やなぎがうらむら)、東郷村(とうごうむら)、松ヶ江村(まつがえむら)も成立。
1894年(明治27年)8月1日 - 企救郡文字ヶ関村、町制施行と同時に名称変更、門司町(もじまち)となる。
1899年(明治32年)4月1日 - 企救郡門司町、市制施行により門司市となる。
1908年(明治41年)12月1日 - 企救郡柳ヶ浦村、町制施行と同時に名称変更、大里町(だいりまち)となる。
1923年(大正12年)2月1日 - 門司市、企救郡大里町を編入。
1929年(昭和4年)10月1日 - 門司市、企救郡東郷村を編入。
1942年(昭和17年)5月15日 - 門司市、企救郡松ヶ江村を編入。これにより現在の区域が確定。
1963年(昭和38年)2月10日 - 『5市合併』で北九州市発足、門司区発足。ただし、政令指定都市移行は4月1日だったため、それまで「門司区」は町名・大字の一部(接頭句)の扱いであった。

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